本研究は、篠原助市教育学におけるヴィンデルバント(Wilhelm Windelband, 1848-1915)思想の位置づけを、両者の比較を通して考察することを目的とする。篠原の主要著作における分析の結果、ヴィンデルバントへの言及は各著作において数回程度と非常に少なく、その引用もほとんどが別の論建ての傍証にしか使われていないことが明らかになった。篠原は普遍妥当する価値の基礎づけに関わるヴィンデルバント思想の批判哲学的論点を自身の教育学体系の中に位置づけず、むしろ歴史や文化における価値の個別的実現を代弁させる周縁的位置づけにとどまっていたことを解明した。