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基本情報
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| 氏名 | 佐藤 宗大 |
| 氏名(カナ) | サトウ タカヒロ |
| 氏名(英語) | SATO Takahiro |
| 所属 | 文学部 国語教育学科 |
| 職名 | 講師 |
| researchmap研究者コード | |
| researchmap機関 |
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本研究は西尾実の『国語国文の教育』(1929;1938;1965)における行論を,認識論的な視点から再構築することを試みるものである。 「行的認識」は「すべてを実践的に体得させ,全人的に把握させようとする」(西尾, 1974, p.21)伝統教育に特有のものである。同概念の解釈にあたっては,西尾自身の禅堂教育や世阿弥等への言及からその「行的」要素に注目が集まり,「認識」としての性格には十分な検討が加えられてこなかった。また『国語国文の教育』が西尾の処女出版作であるがゆえに,「行的認識」に基づく国語教育論は,後期の思想への過渡的状況として理解されてきた。 本研究では,「行的認識」の「認識」としての特質を分析することで,『国語国文の教育』の行論全体が認識論的性格を持つことを明らかにし,それによって,時期における方法論的差異こそあれ,『国語国文の教育』における立場こそが西尾国語教育学を通貫するものであることを明らかにする。